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最高裁判所第二小法廷 平成6年(行ツ)128号 判決

アメリカ合衆国ニューヨーク州アーモンク

上告人

インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレーション

右代表者

マーシャル・C・フェルプス・ジュニア

右訴訟代理人弁理士

田倉整

合田潔

坂口博

市位嘉宏

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第一五九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成六年一月一八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田倉整、同合田潔、同坂口博、同市位嘉宏の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に立って原判決を論難するか、又は原審において主張、判断を経ていない事項につき原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

(平成六年(行ツ)第一二八号 上告人 インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーボレーション)

上告代理人田倉整、同合田潔、同坂口博、同市位嘉宏の上告理由

一 まえがき

本件審決には特許法第一三九条第六号により除斥されるべき審判官が関与しており(上告理由一)、また、原判決は、昭五一・三・一〇大法廷判決に違背しており、判決に影響を及ぼすことは明らかであり(上告理由二)、さらに、経験則に違反するか、または理由不備の違法がある(上告理由三、四)。以下、各上告理由のあることを述べる。

二 上告理由一

本件審決には、特許法第一三九条第六号により除斥されるべき審判官が関与したのであるから、特許法第一七一条第二項、民事訴訟法第四二〇条により原判决は破棄されるべきである。

(1)原出願及び本件出願の特許庁における手続の経緯

上告人は、原判決説示のとおり、昭和五十四年十月十二日に特許出願(昭和五十四年特許願第一三〇九一九号)をし、これを原出願として、昭和五十七年四月十四日、特許法第四十四条第一項の規定による特許出願(昭和五十七年特許願第六一一八二号)をしたが、平成二年六月十三日付けで拒絶査定を受けた。そこで、同年十月五日、審判を請求し、平成二年審判第一七七二六号事件として処理されたが、平成四年三月十九日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があった。

上記原出願の審査経過を詳細に分析すると、以下のことが判明する。即ち、上告人は、当初、特許庁長官に対して、発明の名称を「シリコン基体に狭い領域を形成する方法」とする特許出願を提出したところ、審査官井上雅夫は、上告人に対して、昭和五十六年十一月十八日付けで、当該出願に係る発明は、その出願の日前の出願であって、その出願後に出願公開された出願の願書に、最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であると認められるので、特許法第二十九条の二の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由を通知した。これに応答して、上告人は、昭和五十七年四月十四日付けで意見書及び資料一の一として添付する手続補正書を提出し、発明の名称を「凹所の形成方法」とし、特許請求の範囲を全面的に書き改める補正(以下、昭和五十七年手続補正という)を行うとともに、本件出願であるところの上述の特許法第四十四条第一項の特許出願を同時に行った。

これに対し、審査官飛鳥井春雄は、添付の資料一の二に示すように、昭和五十八年八月二十六日付けで、この出願の特許請求の範囲に記載された発明は、その出願前に国内において頒布された特開昭五三-二四二七七号公報に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二十九条第二項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由通知(以下、昭和五十八年拒絶理由通知という)を発した。そこで、上告人は、同年十二月二十八日付けで意見書及び資料一の三として添付する手続補正書を提出し、発明の名称を「埋設絶緑分離領域の形成方法」とし、特許請求の範囲を再度全面的に書き改める補正(以下、昭和五十八年手続補正という)を行った。これを受けて、審査官飛鳥井春雄は、添付の資料一の四に示すように昭和五十九年三月十四日付けで、特許法第三十六条第五項違背を理由とする拒絶理由通知を発し、上告人をして同日付けで意見書に代わる手続補正書(資料一の五として添付する)を提出せしめ、特許請求の範囲を昭和五十八年手続補正時のものから若干改める補正を行わしめた後、添付の資料一の六に示すように、同年十月十九日付けで特許査定を行った。

一方、本件出願の審判段階における手続の経緯を検討すると、以下のことが判明する。即ち、本件出願の発明の名称は当初「基板接点の形成方法」であったところ、上告人は、平成二年十一月五日付けの手続補正書(甲第2号証の2)により、発明の名称を「半導体装置中に凹所を形成する方法」とし、特許請求の範囲を全面的に書き改める補正(以下、平成二年手続補正という)を行った。この平成二年手続補正による補正後の特許請求の範囲は、上記昭和五十七年手続補正による補正後の特許請求の範囲と実質的に内容を同じくするところ、はたして審判長審判官平沢伸幸、審判官左村義弘、審判官木梨貞男からなる合議体は、平成三年七月八日付けで、特開昭五三-二四二七七号公報を引用し、本願発明はこれに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二十九条第二項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由通知を発した。そこで、上告人は、平成四年一月二十一日付けで意見書及び手続補正書(甲第2号証の3)を提出し、特許請求の範囲を若干補正する応答をしたところ、審判長審判官飛鳥井春雄、審判官木梨貞男、審判官山本一正からなる合議体は、前述のごとく、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をした。なお、上告人に対して審判官交替の通知は全くなされていない。

(2)除斥されるべき理由

特許法第一三九条第六号は、当該審判事件と同一性のある事件について審査の段階で審査官として関与した審判官は、予断に基づく不公正な審判をなすおそれがあるので、そのような審判官を排除しようとするものである。かかる趣旨に照らすならば、事件の同一性は、形式に拘泥されることなく、予断をもつ人物が当該審決に関与することが公平を確保すべき準司法手続きの原則に反することとなるか否かを実質的に審査することにより決せられるべきである。

本件審決について言えば、審判長審判官飛鳥井春雄が、原出願の審査に審査官として関与している。そこで、飛鳥井春雄が審査官として関与した昭和五十八年拒絶理由通知の対象となった昭和五十七年手続補正による補正後の特許請求の範囲と、本件審決の対象となった特許請求の範囲を比較すると、添付の資料二に示すように、それらの文言は厳密に一致するものではないものの、両者とも、まずフォトリソグラフィ技術を用いて最終寸法より広い幅の凹所を形成し、次に前記凹所の底面及び側壁に層を形成し、次に前記底面の層を除去するための異方性食刻を行い、以て前記側壁に形成した層の厚さ分だけ凹所の幅を狭めることにより、最終寸法の幅をもつ凹所を形成する方法を規定しており、実質的に同一である。そして、昭和五十八年拒絶理由通知と本件審決はともに、特許法第二十九条第二項の規定により特許を受けられないことを拒絶理由とするものであり、特開昭五三-二四二七七号公報を唯一の公知文献として挙げるものである。

このように、原出願の審査において、本件審決の対象となったものと実質的に同一の特許請求の範囲に関して同じ公知文献を根拠にしてその進歩性を疑い、その後に特許請求の範囲が減縮されたことに応じてようやく特許査定をした審査官と同一の人物が、分割出願たる本件出願の審判の最終局面において突然に関与し、出願人たる上告人に不利な審決をしたのであるから、当該人物は予断に基づく審决をなすおそれがあったことは明らかであり、したがって、除斥されるべきである。

三 上告理由二

原判決は、被上告人が原審裁判係属後に初めて提出した新たな証拠に基づいて、本件審決の判断を支持している。ところが、その新たな証拠は、新たな拒絶理由を構成する、引用例(特開昭五三-二四二七七号公報)とは別個独立した引用例である。もし、原審において、新資料が提出されていなければ、本件審決を支持する判断に至らなかった。結局、原判決は、昭五一・三・一〇大法廷判決(昭和四二年行(ツ)第二八号審決取消請求事件、民集三〇巻二号七九頁)に違背しており、判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない。

(1)特許庁及び原審における手続の経緯

本件審判においては、右引用例中に記載された熱酸化を堆積技術で置き換えることの容易性が争点であった。本件審判において、上告人は、堆積技術それ自体は慣用技術であるが、サブミクロンのオーダーで凹所の幅寸法を制御するという技術的課題を達成する上で、堆積技術はこれを用いれば形成された層の厚さ全部が幅寸法の減少に寄与するのに対し、熱酸化はこれを用いた場合には形成された層の厚さのうちどれだけが幅寸法の減少に寄与するのか制御困難であるので、達成される最終幅寸法の精度の点において、堆積技術は熱酸化と決定的に異なることを主張した。しかしながら、被上告人は、審決謄本第五頁において、「引用例の方法において、第2絶緑膜の形成手段自体を熱酸化のみに限定されるべき理由はないから、引用例のものにおいて、第2絶緑膜の形成手段として、堆積による手段を採用することは、当業者が適宜為し得ることに過ぎない。」とだけ述べて、具体的な理由は何ら開陳することなく、拒絶査定を是認した。

そこで、上告人は、原審において右主張を再度展開し、熱酸化と堆積技術のもたらす幅寸法精度の差異を強調したところ、被上告人は、平成四年十二月十日付け準備書面に添付して乙第1号証を提出し、そこに「最初のシリコンウェーファスの表面に対し、形成された膜厚 の55%がもり上がり、45%がシリコンウェーファスの中にもぐり込む。」との記載があることを根拠に、熱酸化においても最終の凹所の幅が制御可能であることを主張した。そして、原判決は、かかる被上告人の主張を全面的に受容して、熱酸化と堆積技術とで最終幅寸法の精度が異なるとする上告人の主張を却けた。

(2)乙第1号証の提出が違法である理由

以上の経緯を観察すると、上告人の主張する幅寸法精度の差異に関し、本件審決は、審理不尽、理由不備の違法があり、原審において本件審決を維持するのは困難であったと思料する。しかるに、被上告人は、幅寸法精度の差異につき、原審において初めて乙第1号証を引用して反論を試み、右引用例には全く開示も示唆もされていないところの、熱酸化で形成した膜の厚みによる凹所幅寸法の制御可能性を主張した。乙第1号証は、半導体技術一般の解説書の中の、熱酸化を解説してある頁を抽出したものであって、特定構造の半導体装置(トランジスター)及びその製造方法に関する右引用例とは別個独立の資料というべきものである。このように、被上告人は、本件の重要な争点である幅寸法制度の差異に関し、右引用例とは別個独立の資料である乙第1号証を以て初めて反駁したのであるから、原審において実質的に新たな拒絶理由を通知したというべきである。そしで、原判決は、がかる新資料を引用して、幅寸法制度の差異に関して被上告人に有利な判断を下したのであるから、原判決の結論に影響を及ほしたことは明らかである。したがって、原判決は違法であり、破棄を免れない。

四 上告理由三

シリコン表面自体が化学変化(酸化)する熱酸化においては、形成される酸化シリコン膜のうち、もとのシリコン表面からもり上がる膜厚の割合が変動することは周知の科学的知見であるところ、「55%」なる値が妥当する酸化条件についての記述すら十分ではない乙第1号証のみに依拠することにより、有周知の科学的知見を無視し、被上告人主張のとおりに本願発明の技術的課題を達成する上で熱酸化が堆積技術と同等の幅寸法制御性を有するど結論づけるのは、経験則に違反するか、または理由不備の違法があるものと言わなければならず、これが原判決の結論に影響を与えることが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

(1)シリコン酸化膜を熱酸化により形成した場合、もとのシリコン表面よりもり上がる割合は一定でないことの説明

前述したように、原判決は、乙第1号証に「55%」なる値が記載されでいることを唯一の根拠に、「熱酸化により絶緑膜(シリコン酸化膜)を形成する場合、その凹所の・・・側壁より盛り上がる割合が判明しているのであるから、・・・凹所の幅も制御することのできるものである。」と説示しでいる。

しかしながら、右の判断は、シリコン表面上に成長する酸化物の厚さが成長条件に応じて変動し得るという周知の科学的知見を無視するものであり、不正確であって、それ故に誤りである。熱酸化によりシリコン酸化膜を形成する場合、その凹所の側壁にもぐり込む割合及び側壁よりもり上がる割合が変動し得るものであることは、原出願の優先日当時に広く参照されていた基本的な論文において述べられていることである。資料三として添付した、一九六三年発行のブルース・イー・ディール著の論文「乾性酸素、湿性酸素、及び蒸気中でのシリコンの酸化」、電気化学学会誌第一一〇巻第六号、五二七頁~五三三頁は、そのような基本的を文献の一例である。その五三〇頁本文左欄の下から第十二行目から同右欄の上から第二行目にかけて、次のようを記載がある。

「酸化物の密度-重量と厚さのデータから計算したバルク状の酸化シリコンの密度を、第四表に掲載する。これらの値の、平均値からの平均的偏差は、±〇・〇五グラム/立方センチメートルである。乾性酸素と湿性酸素の場合の密度の値は類似しており、温度によって目立って変化することはない。これらの特定の実験によって、蒸気により形成される酸化物の密度はかなり小さいことがわかった。しかしながら、後で手順を変更して酸化を行ったときには、プロセスの他の特質と同じように、蒸気により形成される酸化物の密度は変化した。したがって、蒸気により形成される酸化物の密度の全体的な範囲は、第四表の括弧の中に載せた値となる。」

また、同頁右上の第四表には、次のようなデータが示されている。即ち、乾性酸素によって形成される酸化シリコンの密度は、温度一千℃で形成されるとき、二・二七グラム/立方センチメートルであり、温度一千二百℃で形成されるとき、二・一五グラム/立方センチメートルである。また、湿性酸素によって形成される酸化シリコンの密度は、温度一千℃で形成されるとき、二・一八グラム/立方センチメートルであり、温度一千二百℃で形成されるとき、二・二一グラム/立方センチメートルである。また、蒸気によって形成される酸化シリコンの密度は、温度一千℃で形成されるとき、二・〇八(二・〇〇~二・二〇)グラム/立方センチメートルであり、温度一千二百℃で形成されるとき、二・〇五(二・〇〇~二・二〇)グラム/立方センチメートルである。

また、同頁右上の欄外には、一九六三年六月との記載がある。

さて、熱酸化と堆積の基本的な相違は、熱酸化の方は、側壁表面のシリコンが化学変化を起こして酸化シリコンとなる現象であるのに対し、堆積の方は、側壁表面のシリコンに直接起因することなく形成された酸化シリコンが側壁表面に降り積もる現象だということである。熱酸化の場合、側壁表面のシリコンが酸化シリコンに変化する訳だが、シリコンよりも酸化シリコンの方が密度が小さいので、形成された酸化シリコンは膨張し、もとの側壁表面よりも盛り上がる。これが熱酸化の原理である。

シリコンの一モル当たりの質量は二十八グラムであり、その密度は一立方センチメートル当り二・三二八グラムである。したがって、シリコン一モル当りの体積は十二・〇三立方センチメートルである。一方、酸化シリコンの一モル当たりの質量は六十グラムである。しかるに、右資料三の五三〇頁の第四表に示されるように、熱酸化一般、特に特開昭五三-二四二七七号公報のように一千度の蒸気(スチーム)雰囲気を用いる場合には、形成される酸化シリコンの密度は一定ではなく、一立方センチメートル当りの質量は、二・〇八を平均として、一・九五乃至二・二五の範囲で変動する。(ここで、第四表には、密度の値として二・〇〇乃至二・二〇を挙げているが、資料二の二に訳出した同五三〇頁左下の段落に記載されているように、それらの値にはさらに±〇・〇五の範囲での偏差があるので、ここではそれを加味して一・九正乃至二・二五とした。)したがって、熱酸化によって形成されたシリコン一モル当りの体積は、三十・八乃至二十六・七立方センチメートルの範囲で変動する。

シリコン一モルが酸化シリコン一モルに変化するので、酸化シリコンの一モルの体積(三十・八乃至二十六・七立方センチメートル)のうちシリコン一モルの体積(十二・〇三立方センチメートル)を上回る分が、もとのシリコン表面よりも盛り上がって形成されることになる。その盛り上がる体積は、最大で十八・七七立方センチメートルであり、最小で十四・六七立方センチメートルである。つまり、熱酸化により形成される酸化シリコン膜の膜厚全体のうち、もとの側壁表面より盛り上がる割合は、最大で、十八・七七/三十・八つまり六十一%であり、最小で、十四・六七/三十・八つまり五十五%である。

(2)本件判決が経験則違背または理由不備である理由

以上より、凹所の両側壁に各々厚さDの熱酸化膜を形成したとしても、それによって狭まる凹所の幅は、1.1D乃至1.22Dの範囲で変動し、変動幅は十一%にも達する。これに対し、堆積技術によれば、凹所の両側壁に各々厚さDの酸化シリコン膜を形成すれば、凹所の幅は確実に2Dだけ狭まるのであるから、サブミクロンのオーダーで幅寸法の制御された凹所を形成するという技術的課題において、堆積技術は熱酸化技術とは比較にならないほどの制御性を有するのである。

しかも、乙第1号証においては、熱酸化の条件につき、漠然と高温(摂氏八百度を上回る)で、ドライO2(乾性酸素)または水を用いるとの記載しかないのであるから、定量的な議論のペースとなる熱酸化条件についての特定すら無きに等しい。かかる文献のみに基づいて熱酸化一般について凹所幅の制御性を結論づけるのは無理であり、審理不十分というべきである。

以上のように、原判決は、熱酸化は堆積とは根本的に異なる現象であることを無視し、乙第1号証に記載された数字だけを根拠に、強引に熱酸化による凹所幅の制御性は堆積技術によるそれと同等であると誤っで判断したのであるから、経験則違背か、または理由不備の違法があるものと言わなければならず、これが原判決の結論に影響を与えることが明らかであるから、破棄を免れない。

五 上告理由四

また、原判決は、本願発明と引用例(特開昭五三-二四二七七号公報)の重要な差異を看過しており、経験則違背か、または理由不備の違法があるものと言わなければならない。

(1)本願発明と引用例の、生成される半導体槽造上の差異

上告人は、引用例の第3D図は模式的な図であり、実際に引用例の発明を実施したときに形成される半導体槽造を正確に示すものではない、ということを、本件審判及び原審において繰り返し主張してきた。実際、引用例のように絶緑膜5を熱酸化によって形成し、基板表面に対して垂直にイオンビームを照射することにより得られる半導体構造は、本件発明によって得られる半導体構造と顕著に相遠するものである。酸化シリコンが側壁表面から内側にもぐり込むこと、及び一方向のエッチングが行われるのであるから、引用例の発明を実施した結果得られる構造は資料四の中央に図示するものとなる。付言すると、結晶配向やドーピング・レベルの相違により、N型多結晶シリコン層13とP型活性ペース領域7とでは酸化物の成長速度が異なること、及びエッチングにアンダーカットが付随すること老無視しているため、引用例の第3D図は一層実際とはかけ離れたものになっている。これに対し、本件発明を実施することにより得られる半導体構造は、資料四の右の図に示し、あるいは資料五に顕微鏡写真で示すものとなり、整った形状の側壁が形成される。

(2)本件判決が経験則違背または理由不備である理由

引用例では、側壁上部(資料四の中央の図の上部に下向きの矢印で指示もてある)において、窒化膜6の下で熱酸化が進行し、かつ多結晶シリコンとシリコンの界面(同図下部に上向きの矢印で指示してある)において酸化シリコンが丸みを帯びて成長するので、生成される半導体構造にストレスをもたらすごとになる。さらに、酸化シリコンを異方性食刻するのであるから、窒化膜6の直下に、狭い、高いストレスがかかる、アンダーカット領域(上側の矢印で指示してある)が生じる。このような領域は、かかる半導体構造の形成に続く半導体処理工程において、砕けたり、薄片に分かれたりするので、多結晶シリコン層13を隣接する半導体構造とショートさせる。このように、引用例により実際に得られる半導体構造は、ストレス及びアンダーカットが存在する故に、実際には機能しないものであり、現実に使われていないものである。。それに対し、本件発明で得られる半導体構造は、実際に機能するものであり、それ故、現実に広く使われているものである。

原判決は、以上のような、本願発明と引用例の、生成される半導体構造上の重要な差異を無視したものであるから、経験則違背か、または理由不備の違法があるものと言わなければならず、これが原判決の結論に影響を与えることが明らかであるから、破棄を免れない。

六 むすび

よって、本件上告は理由あるものとして原判決を破棄し、相当の判決を求める。

以上

(添付資料省略)

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